今週末にスーパーバイク世界選手権の開幕戦が行われます。
場所はオーストラリアのフィリップアイランド。美しく素晴らしいサーキット
では今まで美しいレースが行われ、映画ファンが忘れられない傑作を
思い出すようにレースファンはこのサーキットでの戦いを思い出します。

 私にとっては2000年のこのオーストラリアでのレース1というのは色々な
意味で記憶に残っています。

 このシーズンは日本のホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの四メーカー
がファクトリー体制で参戦し、イタリアのドゥカティとアプリリアも
ワークスチームを組織して戦いを臨み、さらにビモータも一台体制ながら
参戦しました。

 大きなメーカーに対して従業員50人のメーカーが戦いを挑むというのは
かなり無謀なものに思えましたし、さらにマシンの戦闘力が低く、とりわけ
車体は名手アンソニー・ゴバートの腕を持ってしてもいいタイムをたたき出す
のは難しく、冬のテストでの問題が解決されず、開幕後のレースでも
ライバルとはほど遠いタイムでレースを終えて彼の地元オーストラリアに
やってきました。

 映画の世界で巨匠が素晴らしい能力を持っていても、必要な予算が
なければいい作品を作れないように、モータースポーツの中で
いいマシンが無ければ才能に恵まれたライダーでも速く走れない。
その真実だけが十分に理解できる序盤のレースを終えて、必要な改良が
小規模にとどまった中でアンソニー・ゴバートとビモータチームは
彼の地元のフィリップアイランドにやってきました。

 そして、レース当日。レース1前のフィリップアイランドは難しい
コンディションとなりました。雨が降り、止んではまた降り、完全な
ドライコンディションにはならない。すべてのチームのライダーが
タイヤチョイスに悩み、多くのエンジニアがマシンセッティングを
するうえで正解が見つからない中でのレーススタート。ライダーと
エンジニアの最適解が見つからない中でレースが行われる中で
アンソニー・ゴバートは国内選手権でも世界選手権でもずっと走って
サーキットの全てを知り、生まれ持った能力とマシンコントロールで
鮮やかにビモータを操り、トップに立つと異次元の走りでどんどん
ライバルを突き放していきました。

 レースの神が彼とビモータチームに彼以外の他のライダーにとって難しい
コンディションというプレゼントを届けて、才能に恵まれたライダーは
それまでの経験と高い実力でマシンを走らせていきました。

 フェデリコ・フェッリーニの映像にニーノ・ロータの音楽が加わることで
傑作が生まれたように、アンソニー・ゴバートとビモータのマシンが
この日のこのレースは美しいコンビネーションを見せて、「甘い生活」を
感じることができました。

 圧倒的なリードを保ちながら、見事な優勝。この「狂乱のオーストラリア」
というのは私にとって忘れられない素晴らしいレースでした。

 この世界の列強を相手にしての鮮やかな勝利。スーパーバイク世界選手権
に参戦していなかったら、この成績はあり得なかった。十分にそのことを理解
して、何とかレース界で居場所を得られないだろうかと思い、日本に戻る
ことをやめて、ヨーロッパにとどまることにしました。

 私がイタリア語を勉強したリミニという街の小さなメーカーの大きな勝利。
それが私に決断を促したという意味でも私にとって人生を変えたレース
で私の人生とも密接に絡み合った忘れられないレースですね。

 そして、その後チームアルスターが当時日本語しか話せなかった藤原
克昭とのコミュニケーションのために日本語、英語、イタリア語かフランス語
を話せる人を探しているということで、私がお手伝いすることになり、
その彼が私にとっての地元レースと言えるミザノアドレアティコで
予選で一列目に入り、レース1で三位表彰台を得て、公式記者会見と
BBCの国際映像、TMC(telemontecarlo)の通訳をすることになり、
私のリミニ訛りのイタリア語の能力を理解してもらい、そこから先に
繋がっていった。そんなことのきっかけというのはあのアンソニー・ゴバート
の信じられない走りとビモータという規模の小さなメーカーの現時点における
最後の勝利ですね。

 さぁ、今週末はどんなレースが見られるのでしょうか。そして、世界の
どこかでレースファンの人生を変えることになるのでしょうか。

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