カワイクありたいとか、いい男と楽しい時間を作りたいよりも面白く
ありたいとかいいネタを作りたいという欲の深さを有している女芸人を
尊敬も込めて私は愛しているのですが、芸を磨くとかネタに修正をかけて
よりよくするという部分で必要なのは客観的な意見を耳に傾けながら
いいものを作り上げようとする欲なのではないでしょうか。

 このブログの読者の方は私と世界グランプリの250ccクラスでワールド
チャンピオンになったオリビエ・ジャックとの関係をご存知の方も多いかと
思います。

 彼が1995年に市販マシンでの活躍があり、よく1996年シーズンは
ファクトリーバイクを手にすることができた。チームも活気づき、マシンも
戦闘力が高いバイクとなり、サスペンションエンジニアもチームに常在して
フリー走行や予選をべたつきでライダーにいいタイムを出してもらうように
知恵を出し、各部品メーカーもいいマテリアルを出してくれるようになった。

 その状況というのは国内選手権でもがきながら戦っていた時期や世界選手権
の一年目とは大きく異なる恵まれた環境でした。お金も多少、入ってくる
ようにもなり、プロフェッショナルライダーとして世界選手権で勝利を目指せる
体制と道具が揃ったという状況でした。

 1996年の鈴鹿サーキット。私は彼の優勝を期待し、それが難しいならば
出来うる限りの最良の成績を望みながらレースを見ていました。

 この時は優勝争いができずに三位争いになったのですが、三位争いを
競り合っていたのですが、結果は四位と終りました。

 私が腹が立って許せなかったのは、そのゴールの時でした。

 彼は四位という成績で満足して、ガッツポーズをしていました。

 レース後に私はパドックでチームの代表のエルベ・ポンシャラルと話す時間が
あり、彼から「このレースウィークは楽しめたかな」と言われましたが、
当然、私の答えは"non"で、理由は三位争いで三位を奪える可能性があるのに
四位になって満足しているような欲の薄い奴はチーム体制が良くても、
いい道具が揃っても、スポンサーが集まっても世界チャンピオンになんか
なれない。私は腹が立つし、悲しいし、嫌になったと伝えるとこのフランス人
は後でオリビエに今の気持ちを今の言葉の勢いで話してくれと言われました。

 レース後、ルール上決まっている色々なライダーの用件を済ました後に
やってきたオリビエ・ジャックに私の思っていること、感じたこと、
そして、懸念していることを素直に話しました。周りのチームのエンジニアや
チームスタッフも私の今よりもはるかに下手なフランス語で何とか言葉を探し
ながら話している姿を神妙な顔で聞いていました。

 モータースポーツという現場で苦しみながらレースをやってきた後に
バイクやタイヤや様々なパーツ関連の供給体制が整い、スポンサーも獲得して
状況が揃った時に以前とは違う恵まれた状況になった時に欲が薄くなって
しまってはいけない。三位を争って四位になった時に悔しい思いをするのが
ワールドチャンピオンのメンタリティであって、四位で満足するのは
おかしい。

 ある時期まで、エルベ・ポンシャラルが私のことをオリビエ・ジャックに
とって重要な人だったと話していたのは、こんなことがあったからでした。

 その後、ヨーロッパで初めて見たレースが1997年のオーストリア。
ラルフ・ヴァルドマンとの優勝争いで激しいつばぜり合いで物議をかもした
戦いでしたが、彼は二位となることに満足せずに優勝しました。

 そして、ドイツでの四台での優勝争い。これもマックス・ビアッジ的には
あのコーナーであんな突っ込みはあり得ないということでしたが、本人が
マシンコントロールして飛び出さずに行けると確信を持っていて、そして
優勝したいという強い意思があったからこその走りでした。

 上記の二レース共に現場に居て、95年の鈴鹿とは違う彼に対してパドック
で「素晴らしかった」と声を掛けました。

 そんな経験をしていて、オリビエ・ジャックの鈴鹿での三位でなくても
四位で満足というような欲の薄さを感じる芸人もいるのですが、私の好きな
芸人は欲深く、上昇志向が強く、意思の強さを感じる人ですね。

 ネタの面白さというのは客の好みにもよるし、その時の客層で盛り上がりが
あったり、なかったりする。そして、作家や同じ芸人仲間が見て面白いと
思えることもあれば、そうでないこともある。

 経済学者が投資家として金儲けがうまいかと言えば、儲けている人も
いれば、損をし続けている人もいるわけで、お笑いに関しても同業者の
目線で見ていいネタだと思っても、客受けがそれほどでもないということも
ある。

 そう考えると、批評性のある客の意見とか感想というのは重要視した方が
ネタを作ったり、修正したりするうえで重要だと思うのですが、そこを
明快に理解していて、いいネタを作りたいとか、面白いことをしたいとか
大きな笑いを生みたいと真っ先に考えていて、カワイクありたいとか
モテたいということが優先順位のその後に来る人というのは、私も応援
したくなりますね。そういう人はオリビエ・ジャックが95年の鈴鹿で
私が厳しい言葉を並べた時にちゃんと理解して、それを先々につなげたように
芸人としての成長の糧にするような気がします。

 モータースポーツの片隅に居て、そして、お笑いが好きだとある種の共通項
が見つかったりするのですが、欲深さと他人の声を生かすところや研究熱心
さというものが大事だなと思いますね。

 私が見ているお笑いライブの中でそれが強く感じられるのはラムズの
風間春菜であったり、ちょーちんあんこーのじゅんこBAN!BAN!ですね。
相方さんは強い馬力の突破力が暴走にならないように熱い思いを抱きながら
も、冷静な判断力でマネージメントをしている。

 ライダーに優れたチームマネージャーとエンジニアが必須であるように
お笑いにも欲の深くて突き進む人の背中を押すところとちょっと冷静に
クールダウンさせることを人間性や職能を含めて理解している人が
周りにいることが成功の条件だと思ってもいます。

 90年代から2000年代に活躍したフランス人のオリビエ・ジャックと
レジス・ラコニというのは関係が微妙なのですが、私は二人のことが
好きで、楽しく接していました。オリビエに関してはすでに触れましたが、
少しだけレジスに関して書きますと97年のオーストラリアで劣るマシン性能
とチーム体制で予算規模もチーム体制もマテリアルも全然違うライダーを相手
に極限の走りをして、7台の四位争いをしていて、結果五位となった。感動した
私がレース後に「よくやったね。素晴らしかったよ。本当にいいレース
だったね。」と言った私に「ありがとう。でも、岡田を抜けば四位は俺の
モノだった。勝てないのはわかっていたけれど、この集団の先頭に立ちた
かった」と返事をしたのがレジス・ラコニでした。

 


 

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