四月の最終週となると私のような名古屋人、あるいは東海地方のテニスファン
が思い浮かべるのが岐阜のカンガルーカップですね。あの大会で活躍して
ポイントを稼いで世界の扉を開けていったプレイヤーがたくさんいますが
彼女もその一人ですね。

 2009年と2010年の彼女はジュニアは大きな大会。そして、プロの大会は
チャレンジャーレベルの大会に出場していました。

 2009年の能登の大会に勝ち、その後、2010年の岐阜に彼女は姉の
クリスティーナと共にやってきました。

 恵まれた体格、強いフォアハンドが非常に印象的で大会期間中、彼女と
当時のコーチのヤン・ベダン氏と話すことが多かったのですが、普段は
おとなしくて、プレイになるとかなり燃える。しかしながら、才能がある
せいか、勝利に対する執着心が薄いような気がしました。

 まぁ、能力のある人が練習嫌いだったり、肉体的な条件に恵まれている人は
地道なトレーニングや研究を好まなくて、それが短所となるのかなという
印象を抱いていましたが、決勝戦の競り合いになって、何が何でも勝ちたい
という気持ちが強くなったようで、しっかりと獲るべきタイトルを勝ち取って
翌週の福岡に向かっていきました。

 伊達公子がいないと岐阜のセンターコートも満員にはならないので、六割
ぐらいの観客の中で戦っていたのですが、オフコートでうだうだ話をする
ようになったら応援するのは私の行動様式であり、共に戦う客という立場で
チェコ語で声援を送っていて、彼女が優勝して表彰式のセレモニーの後に
駆け寄ってくれてお礼を言ってくれましたね。

 あれから彼女はランキングを上げて、世界ナンバーワンに登りつめて、
一時的な不振に陥ったものの、しっかりと勝ちきってキャリア10勝目を
あげました。

 岐阜メモリアルセンターの長良川テニスプラザで会った時よりも英語は
上手くなり、あの時よりも練習熱心になり、8年前よりフィジカルが強く
なりました。

 岐阜のカンガルーカップをステップボードにして世界ナンバーワン
やグランドスラム大会優勝者になっていったプレイヤーを見るのは
過去を振り返りながら、現在の厳しいテニスシーンを思い浮かべて
タフな競争を勝ち抜いている姿を見て、喜んでいます。

 週が明けて、プラハのスパルタプラハオープンに彼女は第一シードとして
タイトルを引っさげて凱旋帰国します。一回戦の相手が二時間早く生まれた
双子の姉のクリスティーナ・プリシュコーバ。岐阜の八年前の準決勝
で見たときにお互いにやりにくくて、二人とも止めを刺すショットを打ち切
れなくてクリーンエースで終わらず、相手のミスでポイントが決まってい
たことを思い出しています。

コメント