鈴鹿サーキットに集まったレースファンがカウントダウンをしてスタートが
切られた今年の鈴鹿8耐。レースとしてみると最初の一時間は割に競り合いに
なったなと思ったが徐々にヤマハファクトリーチームの実力が抜きん出ていることが
明らかになってきて、何かトラブルが起きない限り、勝利は堅いなと思える展開。

 そんな中、私は長い付き合いのジャンルカ・ヴィッツィエッロと共にチーム
スイッツァランドボリガーのピットでレースを見守る。

 昨年も一昨年もレース中にピットで熱中症で倒れたり、具合が悪くなってしまった
メカニックやチームスタッフを見ているので、スイスというアイスホッケーがかなり
ポピュラーな国から来ている人は大丈夫なのだろうかと心配になる。
何せ南イタリアのライダーがここは想像以上に暑いと言っているぐらいである。

 ライダーがスタート前に過度な緊張感を抑えるためにやることは人それぞれで
ジーノ・レアが深く呼吸することを意識しながらストレッチをしていたり、
ウラジミール・イワノフがピットアウト直前にエスプレッソを飲んだり、
シモーネ・サンナのようにやたらとスポーツドリンクの飲む量が多くなったりと
色々ある。

 ジャンルカ・ヴィッツィエッロの場合は周りの人と話すことで緊張感をほぐす
のだが、これが今回、このチームと同じピットだった日本のチームにとても美しい
キャンペーンガールがいて、彼は恋してしまっている。

 南イタリア出身発想だと、きれいな人を見たら声をかけなければ失礼で
声をかけないということはイコール魅力がないという意味なのであるが、
他のライダーが走っていてPCの画面だったり、エンジニアの情報を耳に
しなければいけないのにそれを後回しにしているようなところがある。

 初めての鈴鹿、高すぎる路面温度。そして、それに対応しきれないマシンとタイヤ
という条件で緊張感が高まりすぎているから、きれいなキャンペーンガールが
目の前にいたら、恐怖心や緊張感を抑えるために口数が多くなる。

 私は同じチームにいたこともあるから、彼のことをわかっているが、かなり
恐怖心と緊張感が強くなっていて、昔はここまでではなかったなぁなどと思うが
彼のヘルメットに貼ってあるドリアーノ・ロンボニのステッカーを見て、あの一件が
見た目で言うと彼を老けさせて、ピットでの行動でいうとしゃべりすぎにさせている
のではないかと思えてきた。

 マルコ・シモンチェッリを偲ぶ、追悼イベントというかお祭りレースに参加していた
ドリアーノ・ロンボニとジャンルカ・ヴィッツィエッロ。

 二人がレース中で絡んでしまい、ドリアーノ・ロンボニは帰らぬ人となり、
ジャンルカ・ヴィッツィエッロもレース当日、背中を守るバックプロテクターを忘れて
いたが、何とか手元に届き、それを装着していたが、もし、それが無かったら
彼も命を失っていた可能性も高いひどいレース中の事故。

 当然、彼のレース人生に何かの影響を及ぼすのは当然で、難しいサーキットで
マシンが彼の思ういいセットアップができずに路面温度が高すぎる時間帯に
走ることになり、ピレリタイヤに不安を感じながら走らなければならない。

 そうなった時に強い緊張感と共に思うように操作できないマシンを走らせるわけで
レースにおける危険性の高さを絡んだライダーの死去ということでわかっている
彼が緊張感を感じているのだろう。

 11時半からのスタートで最初に走ったチームメイトのドイツ人はピットに戻ってきて、
マシンのセットアップに対する不満を訴えながら、血液ドロドロの状態でピット裏に
用意されたプールでぐったりとしている姿を見ているわけで緊張感を持つのは
当然の話である。

 そこに彼が『美しい日本人』が同じピットにいて、南イタリアのメンタリティを
有している彼が緊張感を和らげようとマシンガントークモードになったとしたら
上手くない英語で必死こいて口説こうとして、言葉が出てこないと私を呼んで
通訳させる。

 私は彼と長い付き合いでなおかつイタリアでもマテーラなんてところの連中の
メンタリティは物事をストレートに表現しすぎるなんてわかっていて、予備知識が
あるなかで接することができるが、その視点などなくて、いきなり強すぎる押し出しで
口説かれたら美しい日本人が対応に困るのは当然。

 同時に思ったのは私が『嫌だったら冷たくあしらっていいですからね。』
と注意したのだが、彼の口説き文句に彼女は笑みを浮かべながら、断ろうとする。

 これが怒った顔だったり、冷徹な目をして断ったら、彼もノーチャンスだと思った
のでしょうが、笑いながら断るものだから、南イタリアの人間としては断っても
笑顔を浮かべているからノーチャンスではなくてワンチャンスあるかもしれないと
思ってしまう。まぁ、私が冷たくあしらうように言っても、今までにない行動や方法論
で断るというのはやっていないこと、身についていないことをするので難しいのだろう。

 まぁ、このあたりは一言で言えば文化の違いなのであるが、彼のことを知らなかったり
我が友ドリアーノ・ロンボニの死亡や鈴鹿のサーキットで思い通りにならないマシンを
走らせる緊張感や恐怖感などがくっきりと理解できないでぼんやりとしかわからない
この時に一緒だったほとんどの人々はスケベで押し出しが強すぎて、やたらと
テンションが高いのはどういうことだという認識を持つだろう。

 それは当然だと思う。

 ジャンルカ・ヴィッツィエッロが走りだして、つかの間の平和が訪れた中で
このキャンペーンガールの方とお話する。まぁ、インターナショナルな舞台に
立ちたいとかレースでの広報活動のお手伝いが初めてということで私の
知っていることや経験してきたことなどをお話する。

 レースの方はトップ争いはヤマハのアンタッチャブルな速さと強さ。
そして、ホンダ陣営はホンダの地元のサーキットでマシントラブルだったり
クラッシュしたりと計算通りとは程遠い悪夢の一日。

 二位争いが白熱してきて、カワサキがヨシムラスズキのマシンをオーバーテイクして
リードを築いて終盤はほぼ勝負あり。ヤマハーカワサキースズキという表彰台の
メンバー。

 他の私の注目チームはGMTがマシントラブルで序盤、ピットで過ごす時間が長すぎて
中盤以降、追い上げて何とかポイント圏内でフィニッシュ。SERTはボロボロのマシンを
レースを横目にしながら修復する八時間。BMW motorrad39は序盤、何と四位まで
浮上するも基本性能の高いマシンの競争力のあるチームに追いぬかれて、
できうる限りの最良の成績を残すために走っていたが、残り40分ほどでクラッシュして
リタイヤ。酒井大作君にとっても、ルーカシュ・ペシェックにとっても、
BMWにとっても残念な結果となってしまった。
 
 雨も降らず、大本命チームにマシントラブルも起きず、転ぶこともなく、見事な
サンデーツーリングでヤマハファクトリーチームの優勝。二年続けて彼らは美酒を
味わうことになった。

 レース後、同じチームオフィスだった他のチームの方からランチの残りですがと
カレーをごちそうになる。まぁ、木曜日から今日までドイツ人とフランス人はともかく
ジャンルカ・ヴィッツィエッロがここにいると色々な意味で大変だったと思うが、
こうして私やこのスイスのチームにカレーを振る舞ってくれるのはありがたいし、
何より疲れた後で体から抜けた塩分を求めているところにおいしいカレーを
いただけたのは嬉しかった。

 ヤマハファクトリーのピットに行ったところでGMTのニッコロ・カネパと会う。
やはり今回、ここのレースだけに出る日本のチームをいかにオーバーテイク
して上位フィニッシュするかを考えていたが、マシントラブルで技術や戦術を駆使
することなく、ただ、マシンをなだめながら走るというのは残念だったし、ストレスを
感じていたようだった。

 AGVのマウリツィオと会うと、30分ほどで出発できそうだということになり
今回お世話になった方々へ挨拶をして周り、荷物を持って、彼の車のところへ。
プレスカンファレンスやポストレースインタビューの様子がすでにイタリアのサイトの
gponeでアップされていたが、来年はヴァレンティーノ・ロッシで勝ちたいという
ことらしい。そうなるとまた、一年後にマウリツィオが鈴鹿ということになる。

 鈴鹿を離れて、堺のホテルへ移動する車内の中でヤマハがヴァレンティーノ・ロッシで
勝ちたいらしいという話をすると、ヤマハがこの鈴鹿のレースウィークのために
15万ユーロを用意するのだろうかといささか疑問を感じている様子。

 ヴァレンティーノに15万ユーロかかるとしたら、ルカ・ビターリはいくらなのかと
尋ねたら、貰えたらうれしいが、往復のエアチケットと現地の滞在費でいいとのこと。
ただし、トップチームでないといけないというお答え。

 まぁ、トップチームは今年誰をチョイスしたかというとホンダ系だとニッキー・ヘイデン
やPJジェイコブソンだったり、マイケル・ファンデンマルクなわけでキャリアも実績も
実力も相当違う。また、かつて、新垣敏之さんとの会話でヨーロッパから契約的な
縛りがないライダーを引っ張るとしたら誰がリッターバイクで一定以上の速さで
いきなり鈴鹿で走ることができるかという話題になった時に私が出した名前は
ロレンツォ・ランツィ、ロレンツォ・アルフォンシ、パトリック・フォスタレックと
いったところであって、ルカ・ビターリではなかった。

 様々な希望と思惑と野望がすでに来年の八耐に向かってうごめいていることを
実感しながら、寝ることにする。

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