今年のMotoGPの最後の二戦というのは世界中のレースファンの物議をかも
したものでした。それぞれの立場で意見や議論があると思いますが、いつも私
が思っているのは世界の頂上は一つでそこに近づくためにできうる限りの
ポイントを稼ごうとする。そこでレーシングアクシデントは起きるという
ものです。テンションが低くて、弱い決意しかなかったらワールドチャンピオンにはなれない。最近、私が思い出したのはオリビエ・ジャックのことです。

 私とオリビエ・ジャックとの関係というのは近い時もあれば離れている
期間もありましたが、彼が世界グランプリに上がってきて、彼はいいライダーで
楽しみだと思っていました。

 95年に世界グランプリにステップアップして、250ccクラスで市販RSで
輝く走りを見せて、念願のファクトリーバイクを獲得して、勝てるマシン
を手に入れた年に私は彼と初めて会いました。

 インドネシアのセントゥールサーキットのパドックで彼とチームマネージャー
のエルベ・ポンシャラルと会い、『君がオリビエ・ジャックだね。ついに
ファクトリーバイクを走らせることになって勝てる可能性を手にして、今年は
すごく楽しみだ』と今よりもはるかに下手だったフランス語で話すと彼は
喜びながらも驚いて応対してくれました。

 その彼が鈴鹿にやってきての日本グランプリ。熾烈な三位争いをしていて
結果は加藤大治郎に先着を許して四位でした。

 そのこと自体は戦った結果なので私も甘受しなければいけないのでしょうが
私が許せなかったことで腹が立つのと同時に悲しかったのは彼がチェッカード
フラッグを受けた時にガッツポーズをしたことでした。

 パドックでエルベ・ポンシャラルとレースを振り返って、チームマネージャー
としては色々と見るところ考える部分があってオリビエ・ジャックの
ガッツポーズを見ていなかったらしいのですが、私ははっきりと見ていました。
そして、私は彼に『バトルの中で先着できなかったのは仕方ない。加藤大治郎
がいい走りをしていたから、結果を受け入れるのは間違いない。しかし、
あのガッツポーズは嫌だ。三位になれるレースを戦い、そのチャンスがあって
それを奪いに行ってそれが成功したらガッツポーズを見せるのはわかる。
しかし、今日の彼は勝てない時は一つでもいい成績を奪おうとするのが
ワールドチャンピオンだったり、未来のタイトルホルダーだが、四位に
なってガッツポーズを見せた。低いレベルで満足していたり、納得している
のは良くない。』

 無言で頷くポンシャラルに

『彼がRSで走っていたなら、まだわかる。しかし、彼はNSR
を走らせていて、三位になれるチャンスがあっての四位だ。こんな状況で
満足してガッツポーズをしていたら勝てないし、ビアッジ、原田、岡田、
宇川、ヴァルドマンを押しのけてワールドチャンピオンにはなれない。』
と続けたところ、チームマネージャーは

『君の言うことはよくわかる。オリビエが戻ってきたら、同じことを
話してくれないか』と返答してくれました。

 しばらくしてオリビエがピットに戻ってきて、ピット裏に佇んでいた
私が呼びだされて、彼に対して私が同じことを言うと神妙な顔をして聞い
ていたオリビエ・ジャック。

 そして、『君はワールドチャンピオンになれるライダーだし、マシンも
ファクトリーバイクだ。少しでも上のポジションを狙えるならば、小満足
ではなくて、大満足の時にガッツポーズを見せて欲しい。三位争いに
負けて四位でのガッツポーズは見たくない。見せて欲しいのは勝利した
時のガッツポーズであり、勝てないケースでもできうる限りの最良の成績を
残した時のガッツポーズだ』と付け加えました。

 その後、彼がガッツポーズを見せたのは少なくとも表彰台のポジションを
獲得した時。そして、例外中の例外は98年のフランスでした。

 この年のフランスの前のイタリアのムジェッロでこの年のホンダの失敗作の
NSRで無理をして200キロオーバーで大クラッシュをしてこれは代役が走るこ
とになるだろうなと思えるようなコンディションで全身に痛みがある中で
レースウィークを送り、強すぎた原田、ロッシ、カピロッシのアプリリア
トリオの後ろで同じホンダNSRを万全のフィジカルコンディションで走らせて
いた宇川と青木治親を抑えて四位というできうる限りの最良の成績を
残して、コンディションがわかっている私やマウリツィオ・ビターリが
感動して泣いたレースの時でした(注1)。

 その後、チームはホンダと別れてヤマハのファクトリーバイクを獲得して
一年目は苦しんだものの、250ccクラスでワールドチャンピオンになりました。
あのシーズンの彼は勝てない時でもできうる限りの最良の成績を獲得しようと
して、小満足ではガッツポーズを見せないようになっていました。

 彼は間違ったことや正しくないことをした時に周りから意見を聞いて
それを消化して、きちんと修正できるワールドチャンピオンが持っている
頭脳があると思います(注2)。


注1 オリビエ・ジャックはシャークヘルメットと契約する前はイタリアの
AGVヘルメットを使用していて、このメーカーのレース部門のサービス
パーソンのマウリツィオ・ビターリのところへ足を運び、かつてのライダー
から指導を受けていました。


注2 98年シーズンにタイトルの可能性を持ちながら、オランダのアッセンで
タイヤチョイスでメカニックサイドが推奨したタイヤを好まず、彼の求める
タイヤを使用して、タイトル戦線から離れて以来、かなり感覚や気合で走る
ことよりもデータ重視してセットアップやタイヤチョイスなどチーフエンジニア
やサスペンションメーカーやタイヤメーカーの意見を尊重するようになった。
 

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