イタリアという国が歴史の浅い国だと言ったら驚く方も多い
かも知れません。しかし、これは事実です。

各地に王国があり、各々の王が支配していたのは間違いなき
真実です。映画監督のルキーノ・ヴィスコンティはミラノ公国
ヴィスコンティ家の流れを汲んでいる人でした。そんなところ
から芸術家でゲイの人が出てくるのがイタリアらしいところ
でもあります。

イタリアが統一されてほぼ現在の形にまとまったのが1861年。
その時にいわゆるイタリア語、つまり私がイタリア語という時
や多くの専門家が指摘する時にはイタリア語というのはフィレンツェ
方言をさすのですが、これをイタリアが統一された時に話して
いた人口というのは実に2パーセントに過ぎなかったという
話があります。

これは昔ほどではないのですが今もかなり濃厚に残っていまして
彼らイタリア人というのはパスポートが一緒なだけであって、
文化や風習、料理や言語というのはものすごい違いが存在します。

ミラノから70キロほど先にベルガモという町があります。
ここの出身のライダーでロベルト・ロカテッリという男が
いますが、彼の話す言葉はベルガモ訛りでして、最初聞いた
時には違和感をかなり感じました。

そのベルガモから近いところのブレーシャという町から
出てきたライダーというのが昨年イタリア選手権をカワサキの
600で制したクリスティアーノ・ミッリョラーティや
来季MOTOGPで走るフランコ・バッタイーニですが
彼らの言葉を初めて聞いた時にてっきりイタリア語に似ている
違う言葉を話すものだと思いましたね。これはジャンルイジ・
スカルヴィーニもそうです。(彼の父親になるともっとなまりが
強い。)

また、マックス・ビアッジの父親とかステーファノ・ペルジーニの
母親とかと話すと時々彼らのローマ訛りがきつ過ぎてわからなく
なることがあります。

ローマでそれですから初めてジャンルカ・ヴィッツィエッロと
話した時には彼のマテーラなまりにえらく驚きました。

そんな中央集権国家が成り立たない国で、郷土愛が
強いのか、郷土愛が強すぎるから中央集権国家が成り立たない
のか、あるいははたから地方分権国家のほうが全ての人に
とって快適だからこうなったのかはわかりませんが、とにかく
郷土愛が強く、それぞれの町が自分達の文化や風習、料理に
こだわりを持っています。

イタリアに98年居た経験からすると、イタリアでナショナリズム
を感じるのは、オリンピックとサッカーのワールドカップ
ぐらいですね。(長野五輪とフランスワールドカップの
時にまともにイタリアにいましたがその時のイタリア国旗の
数やら盛りあがり方などはまぁ、力道山が外人レスラーを
やっつけている時の日本人を思わせるものがありました。)

そんな国にいると、私は日本人でなくて、中央集権国家の
東京にお金やモノや政治、軍事といったものに対して
依存している田舎者の日本人ではなくて名古屋人としての
誇りを持ったほうがいいのではないかともともと反権力的な
ところを有する私は思うようになりました。

まぁ、もともとが少年ドラゴンズ会員で巨人が嫌いでしたし、
アメリカー東京によるマニュアル支配で成り立っているマクド
ナルド始めファーストフードではなく、矢場とんの味噌カツ
が好きで、大資本の百貨店ではなく、大須の商店街に魅力を
感じていた私ですが、そんな私が名古屋人としての意識が
ライダーのことをベルガモ人のライダーとかバイクの会社
のことをノアーレのメーカーなどと書いたり話したりする
イタリアという場で覚醒した気がしますね。

名古屋にヨーロッパから戻って来て名古屋の私が一番愛する
エリアの大須に行くと昔からやっているお店をまわり、
矢場とんでわらじかつを味噌かつで食べる。そして
名古屋弁で話す。東京は大きな存在だし、重要なのですが、
何も日本中がミニ東京にならなくてもいいし、名古屋に
関しては大須の商店街が古い名古屋と最先端の名古屋を
混在させて百貨店や大きなショッピングセンターにない
空気感を表出させる。このことが美しく思える私です。

でも、どういうわけか名古屋人のライダーは私が名古屋弁で
話すと嫌がるんだよなぁ。私が名古屋に対する愛情が
強いのにスポーツの世界で個人種目は
あくまで一人がトップに立つために努力すべきで、競輪の
中部ラインが協力して、他の選手の追いこみを抑えるとか
近畿ラインによる攻勢などというのがどうも私にはわからない
という発言がお気に召さなかったのか他の理由があるのか
わかりませんが。
(競輪がKEIRINとなり、国際化が進み世界から選手が
来るようになると、イギリス人とオーストラリア人による
旧大英帝国連邦ラインだとかウクライナとラトビアの
旧ソビエト連邦ラインなどというのが構成されるのでしょうか。
私にはわかりませんが。)

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